Stories and Studies in Sound.

5. クロスオーバーネットワークの設計
 お待たせいたしました。これまでに録り溜めたデータを総動員して、最良なクロスオーバーネットワークを設計します。これは神の御業でも達人の仕事でもありません。私たち凡人の誰もがアクセス可能な、ごく普通の技術です。

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ネットワークCADシミュレータの使い方

いよいよパッシブクロスオーバーネットワークの設計を手がけようと思います。この時点で用意できていなければならないのは、ドライバの周波数特性のグラフ(第2回と第3回)と、そのインピーダンスのグラフ(第4回)です。いうまでもなく用いるドライバごとに用意しておきます。下図のようにミッドバスとツイーター、て具合に。





このサイトで紹介している拙作MTM TLsのネットワークの設計を参考にして、別途新たにネットワークを組んでみることにします。しつこいようですが、用いるドライバは、vifaのD26NC-55と、HiviのB3Sです。


まずはじめに、インピーダンス特性および振幅f特のグラフをDriverファイルに関連付ける必要があります。これらのグラフはSpeakerWorkshopで得たものでもいいですし、ARTA必要十分マニアルに沿って得たものでも構いません。なーおさんのようにインピーダンス特性をLimpでとっても構いません。


インピーダンス特性および振幅f特のグラフをそれぞれARTAとLimpで得た場合、それらのエクスポートファイルは.frdファイル.zmaファイルになっています。これらをSpeakerWorkshopにインポートします。


SpeakerWorkshopで[ Resource | New | Import... ]を選択します。


このようなファイル選択画面が見れるはず。ここで、.frdファイルと.zmaファイルをインポートします。「ファイルの種類」というプルダウンメニューから全タイプを表示させてもいいですね。


Driverファイルを作成したあと、その画面上で右クリックしてコンテキストメニューを表示させ、[ Properties... ]選択します。インピーダンス特性および振幅f特のグラフをDriverファイルに関連付けるためです。


念のため申し上げておくと、インピーダンス特性および振幅f特のグラフをSpeakerWorkshopで得てもこの関連付けは必須の作業となります。Dataタブを開いたあと、それらのグラフを選択します。右画像とは異なりますが、ARTAとLimpで特性を得たかたは、インポートした.frdファイルと.zmaファイルをおのおの選択すればよいでしょう。


これでDriverファイルとの関連付けは終了です。


さて、周波数特性のグラフとインピーダンスのグラフを利用してネットワークの作用の仕方をシミュレートするためには、さらにNetworkファイルなるものを作成する必要があります。メニューから[ Resource | New | Network ]を選択してファイルブラウザに追加します。右図ではすでに追加されてますね。


そのNetworkファイルを開いてみましょう。

まっさらです。このとき表示されている「Source」というものはパワーアンプだと思ってください。また、Networkファイルを開くと同時に、「Network Options」なるウィンドウも開きます(初回は画面左上に出てくるので気付きにくいかもしれません)。
ネットワークの構成部品である抵抗やコンデンサ、インダクタの値を変更するときに使うことができます。


それらネットワークの構成部品より先に、まずドライバをネットワークに追加してみましょう。Driverファイルの選択は、Networkウィンドウ内で右クリックすることでおこなえます。同様の操作がメニューの[ Network | Insert ]からおこなえます。お好きな方でどうぞ。


右図ではドライバとしてB3Sを追加してあります。
ではドライバとSourceを結線しましょう。

一度ドライバをクリックしてアクティブにします。ドライバのアイコン、左側に丸○が2個、縦に並んでいるのが分かりますか。これはドライバのターミナルを表しています。

このターミナル上にカーソルを合わせてドラッグすると、結線が表示されます(右図中ではマウスカーソルが表示されていない)。と同時に、結線可能な他の構成部品のターミナルが灰色●で示されます。

灰色●で示されたターミナル(ここではSourceのターミナル)の上までドラッグすると、ほい、右図のように結線が完了します。

同様にもう一端のターミナル同士も結線しました。この状態でドライバのアイコンをぐわわっとドラッグすると、結線はちゃんとアイコンに追従します。

ドライバと直列になにか部品を挿入してみましょうか。1次ローパスということで、ここは1.3mHのインダクタを[ Network | Insert ]で追加してあります。

追加したインダクタをアクティブにしたあと、さきほどと同様にターミナルからSourceの方へドラッグして・・・

はいこうなります。どうやら最新の結線が優先されるようですね。このやり方だと、「2個のインダクタを並列にして、ドライバと直列に挿入する」なんて芸当はできなさそうですが、やれます。ご安心ください。

1.3mHのインダクタをドライバと直列に挿入しました。ついで、コンデンサをドライバと並列に入れてみましょうか。2次のローパスを想定しています。

っと、その前に、追加したコンデンサを横置きから縦置きに変更しておきましょう。コンデンサのアイコンをダブルクリックすると、下図のようなダイアログが出てきます。



[ Components ]タブから、部品の置き方、部品の種類、部品の定数などが変更できます。ところで、Networkウィンドウ内で右クリックして[ Properties... ]を選択してもこのダイアログは表示されますが、このやり方だと部品の変更は一切できません。英文版非公式チュートリアルにも掲載されている公式バグです。部品の置き方、種類、定数の変更は、必ず、その部品のアイコンをダブルクリックして表示させたダイアログからおこなってください。


右図ではすでにコンデンサの置き方を縦方向に変更してあります。さて、ある部品を並列に挿入するやり方についてですが、非常に簡単です。当該の部品をアクティブにしたあと、Shiftキーを押しながらターミナルから他の部品のターミナルへドラッグすればよいだけです。

するとこうなります。わりと賢いCADで助かります。
コンデンサのもう一端を結線して、ドライバとコンデンサが並列になるようにするためには、では、次はどこからどこへ結線すればよいでしょうか。

こうですね。もちろん、Sourceの方に結線しても結果は同様です。

このネットワークによってドライバB3Sの周波数特性はどのように変化するのでしょうか。Networkウィンドウ内で右クリックして[ Calculate Response... ]を選択すると、「Networkファイル名.Total Freq」というファイルがブラウザに追加されます。

このファイルには、Networkファイルに記載されているドライバと構成部品の総合的な特性のグラフが表されています。今までの例に即して端的にいえば、2次のローパスフィルタをかましたB3Sの特性が表されていることになります。

[ Calculate Response... ]を選択してから結果が表示されるまでにずいぶん時間がかかる場合は、周波数特性のグラフのデータポイント数を減らしてください。周波数特性のグラフ上で右クリックしてコンテクストメニューを表示させて[ Properties... ]を選び、SpecificsタブのNumber of Pointsを1,000から10,000のあいだに設定すれば良いと思います。


せっかくですから、第2回後編で示したようにChartファイルを作成して、B3Sの裸の周波数特性のグラフとネットワーク実装後のグラフとを比較してみましょう。赤線が上記のネットワークの所作であります。

・・・うむ、繋ぐとしたら3kHzあたりですかね。

MTM構成を前提としていますから、ミッドバスは2個、ツイーターは1個です。2個のB3Sを並列に接続し、さらに、D26NC-55をB3Sと並列に挿入しました(編集したら[ Calculate Response... ]を選択してグラフを最新の状態にしておきましょう)。

余談ですが、シリーズ・トポロジーだって試せます。Tony Gee(@Humble Homemade Hifi)あたりはSpeaker Workshopでシリーズ型で設計してますよね。

さて、ツイーターを追加したときの特性についてですが、強烈なディップが形成されてしまうようです。どうも位相の関係がよろしくなくて、このままではまったくうまく繋がってくれません。

にしてもずいぶん強烈なディップですね。ツイーター逆相にしてみましょうか。

逆相で正解っぽいですね。ドライバの極性を逆にするには、当該ドライバのアイコンをダブルクリックしてNetwork Propertiesダイアログを表示させ、このへんのチェック項目を入れとけばオッケーとなりますです。

レコードのB面は「Flip side」て言うらしいですよ。ひっくり返すためですかね。


このままでもけっこう普通に聞けそうですが、ツイーターにコンデンサの一つでも入れておかないと大音量時に焼損しそうですし、このままだとやっぱりツイーターがホットすぎます。適当にアッテネートしておかないと聞き苦しいんじゃないでしょうか。で、ここから机上トライアル・アンド・エラーが始まるわけですね(笑顔)。





最終的にこんな具合になりました(ツイーターの極性は正に戻した)。ツイーターは1次なのにミッドバスは2次などお前本当にやる気あるのかと胸ぐら掴まれそうですが、こんなんで十分だと思いますよわたくしは。ドライバのロールオフ特性にフィルタの減衰を被せると、低次のフィルタでもアコースティックに-24dB/octの特性になったりします。





上記のネットワークによる総合的な特性はこうなります。まともっぽいでしょう。ミッドバス側の特性について、2kHzから100Hzに向かってレベルが上昇していってるのは狙ってやってることです。バッフルステップ補償のつもりで。

3kHzから7kHzがちと薄いな・・・。まだ微妙にツイーターがホットっぽいしな。改善の余地はまだありますが、PerfectionistとMinimalist、どちらになりたいかっていう話でもありますね。私はMinimalist志向です。

Fundamentalistはオーディオなんか辞めてライブやコンサートに足しげく通うしかないんじゃないすかね。




ところで、Networkウィンドウ内を右クリックして表示させたコンテクストメニューに、[ Insert | Stock Crossover... ]という項目があることに気付いていましたか。これはその名の通り、フィルタのタイプはどれにするか、ハイパスかローパスか、カットオフ周波数はどの点か、どのドライバに適用するかなどをちょちょいと指定して、お手軽に定数を決定できるツールです。





上に示すようなダイアログなのですが、ここでは一例として、カットオフ周波数3.0kHzをもつ2次のローパスフィルタ(Besselレスポンス)をミッドバスに適用しようとしています。この調子でツイーターにもハイパスを入れてこんな具合にしてみました。定数は現実的じゃないほど細かいですが、一例ということで。





このネットワークによる総合的な特性はこうなります。





どうですかね。教科書に載っている公式からフィルタの定数を決めるとこうなる、ということですから、当サイトで紹介しているような測定やシミュレーションをやらずに設計した場合こうなる、ということですね。もっと残念な結果になるかと期待していたのですが、意外とまともですね。ネットワークを入れたことによる音圧レベルの低下は、私のヘンテコネットワークより低く抑えられています。

一方で、3.5kHzから7.0kHzのディップは私のバージョンより酷いかもしれません。ドライバ間で位相がうまく揃ってないせいでしょうか。こういったクロスオーバー周波数近辺のディップやピークは、どのようにして解決すべきでなんでしょうかね。





いわゆるタイムアラインメントという単語はここで登場します。


Networkウィンドウ内でツイーターのアイコンをダブルクリックして、プロパティを表示させます。





このOffsetに値を入れることで、ドライバ間のアラインメントを調整できます。上の図では、正の値で1cmですから、ツイーター(のボイスコイル位置)がミッドバスのそれより1cm前に出ている状態を想定しています(単位系を変更したいときは、上図の『cm』の部分をクリックしてください。クリックするたびにmm、inch、feet、と変わっていきます)。

教科書どおりに3kHzでクロスさせた2次のネットワーク、ここにツイーター1cm前出しとするとどうなるか。





素晴らしいじゃありませんか。まだちょっとツイーターがホットかもしれませんが、クロスオーバー周波数付近のディップが綺麗に埋まりました。あとはミッドバスの7.1kHzのピークをうまく処理すれば、スピーカー自体だけでなく、特性グラフそのものを自慢できるレベルになると思います。





(締めの言葉、思いっきり感動的なやつを一つ、考え中)





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