Stories and Studies in Sound.

2. ニアフィールドでの音圧レベル特性の測定
 Speaker Workshopに出来てMyspeakerでは出来ないこと、それは位相情報込みで音圧レベル特性を測定出来るという点と、データ同士の密な連携が出来るという点です。これらは、測定の正確さの向上と、データの解釈し易さの向上に繋がります。この項ではそれらについて順に追っていきましょう。

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・前編 測定の種類、測定方法
後編 データの解釈とまとめ方について




測定方法の種類


スピーカーの周波数特性をマイクで測定するためには、スピーカーから出た音のみがマイクに飛び込んでいくような状況を作る必要があります。ドライバから出た音のみが、ではなくて、スピーカー(ドライバとエンクロージャー)から出た音のみが、です。些細な区別と思われるかもしれませんが、私たちアマチュアが無響室測定によるものと同様の結果を得るためには、この区別を重視しなければいけません。


無響室測定の優れている点は、部屋内部での音波の反射が無いという一点のみです。つまり、部屋の反射をどうにかして無視できれば、私たちが住み、音楽を聞くこの部屋でも、スピーカー単体の一次的な周波数特性を測定できるはずなのです。


反射してしまう部屋で反射を無視するための工夫には、次のようなものがあります。


    ・ニアフィールドでの測定  (nearfield measurements)
    ・擬似無響室測定  (quasi-anechoic measurements)
    ・グラウンドプレーンでの測定  (ground-plane measurements)






手法の洗練度から言えば、ニアフィールド測定がもっとも荒削りで、擬似無響室測定がもっとも洗練されていると言えます。グラウンドプレーン測定はあまり見かけない測定手法ですが、ある意味もっとも洗練されているようにも見える、不思議な手法です。


これは、マイク(のカプセル部分)を床や壁に密着させることによって反射面との距離をゼロとみなす、原理的に反射を受け取らない測定手法です(英文版非公式チュートリアルにその測定の様子の写真が収められています)。でもまあ、一般的に言って部屋というのは6面の反射面があるので(直方体の面の数)、このグラウンドプレーンの手法を用いても、反射を無視できるのはある1面(もしくは2面)に限定されますね。


グラウンドプレーンでの測定とは、それ単独で優れた結果を生むようなものではないと私は考えています。マイクの設置場所をグラウンドプレーンにして擬似無響室測定をおこなったときに、ゲート時間がより長く取れる程度の利点だと思います。


擬似無響室測定というのは、スピーカーからの音波は受け取るが床や壁からの反射は受け取らない、そういうギリギリの時間枠;ゲート時間を設けて測定する手法です。測定開始から何ミリ秒後に反射がマイクに到達するか知るために、事前にインパルス測定をおこなう必要があります。詳しくは別項「3. 擬似無響室測定」で。


この項ではおもにニアフィールドでの測定方法について説明します。


これは1974年にD.B.Keele氏によって発表された手法で、マイクをドライバに近接させることによって部屋内部での音波の反射を無視しようという手法です。この手法による測定データは、特定の周波数領域でしか正確さを保てないとされています。その理由としてスピーカー工学の大家Joseph D'Appolito氏は次のようにその著書『Testing Loudspeakers』のなかで述べています。「ニアフィールド測定は、高い周波数になると、ダイアフラムのあちこちから位相ズレした音波がマイクに到達してしまい、ある周波数から上については見かけ上の音圧レベルの低下が観察されてしまう」(62ページ)。


ニアフィールドでの測定の信頼限界(上限)周波数は、次の式によって表されます。


    Fmax(Hz) = 10950 / D    :ただし、Dはダイアフラムの直径(cm).


一般的な8cmフルレンジドライバのダイアフラムの直径を6.2cmとすると、このドライバをニアフィールドで測ったデータというのは、1.76kHz(= 10590 / 6.2)以上については信頼できないということになります。同様に、14cmミッドバスドライバなら1.04kHz以上は信頼できないということになります。


では、その1.76kHzなり1.04kHzなり信頼限界より上の周波数特性はどうやって測るのかというと、そこは擬似無響室測定によって測ります。スピーカーの周波数特性を観察する一般的な手法は、ある周波数より下はニアフィールドによって、別のある周波数より上では擬似無響室によって測定し、両者をうまく切り貼りするという手法になります。


通例では、ウーファーの500Hz以下の特性やバスレフポートの音圧レベルなどはニアフィールドによって、ドライバ(ツイーター含む)の500Hz以上の特性は擬似無響室測定によって得るようです。


ここでは、私の作った11リットルバスレフ型スピーカーの500Hz以下の周波数特性について、ニアフィールドで測定した例を紹介します。このスピーカーはJohn "Zaph" Krutke氏の作例を参考にしたもの(ほぼコピー)で、ドライバはSilverFluteの14cmミッドバスW14RC25-08と、vifaの1インチツイーターD25AG35-06です。



測定の手順



測定のセットアップの概要を眺めてみましょう。Speaker Workshopは、リファレンス特性を得るためにサウンド入出力デバイスの左チャンネルを用い、マイクによって得られた測定信号は入力の右チャンネルに流し込みます。分かりやすくまとめた図をFBさんが描いてくださいました。ありがとうございます。





第一回後編で示したような手順にそってSpeaker Workshopの校正をおこなったあと、校正用のループケーブルを測定用の自作ケーブルに差し替え、パワーアンプ、マイク(とマイクプリアンプ)を接続します。


[Options | Preferences][Measurements]タブを開いて、サンプルサイズとリピート回数を変更します。サンプルサイズが大きければ大きいほどデータのポイント数が大きくなり、得られるグラフはより詳細になります。ただし、そのぶん測定に必要な時間も長くなります。同様のことがリピート回数についても言えます。私の場合、得られたグラフに粗めのスムージング(1/6オクターブくらい)をかけてしまうので、設定値はそれほど大きくしていません。サンプルサイズについては32kまたは65k、リピート回数は3回にしています。





次いで、Driverファイルなるものを作成します。このファイルは、個々の音圧レベル特性グラフやインピーダンス特性グラフなどを各ドライバに関連付けるためのファイルで、測定が進むにつれてアノテーションが増えていきます。こう説明しても今は意味不明でしょうね。使ってるうちに理解できてきますのでご安心ください。



このDriverファイルは、メニューから[Resource | New | Driver]を選択することによってファイルブラウザ中に追加できます。追加されたDriverファイルについて、ファイル名を適宜変更することが可能です。測定しようとしているドライバの名前に合わせるのがいいかもしれません。


いよいよ測定に取り掛かります。
マイクをドライバの近傍に設置します。マイク(のカプセル部分)とドライバ(のダストキャップ部分)との距離は1mmから10mmが適当だと思います。『Testing Loudspeaker』にはドライバの直径に応じたマイク―ドライバ間距離が掲載されていますが、十分近ければそこまで気にする必要はないと思います。


さきほどのDriverファイルのウィンドウをアクティブにした状態で、[Measure | Frequency response | Nearfield]を選択すると、測定開始となります。


選択した瞬間にホワイトノイズがパワーアンプに送られ、ドライバに送られます。最初はパワーアンプのボリュームを絞っておいたほうがいいでしょう。


一度この操作をおこなったら、得られた信号の振幅、特にリファレンス特性側である左チャンネルの信号振幅がクリップしていないことを確認してください。これは画面左下部の振幅メーターに表示されています。「Maximum」の欄の数字が32kを超えていたら入力された信号がクリップしていたということになります。振幅が±10kから±20kの範囲で、左右のチャンネルで振幅がほぼ同じであれば問題ないと思います。


ファイルブラウザに新しいファイルが追加されたことに気付くと思います。「ドライバ名.NearField」なるこのファイルこそ、f特のグラフであります。さっそく開いてみましょう。



データの扱い方






このグラフは、現用のバスレフ箱に入ったW14RC25を、アコースティックに-24dB/octの特性を持つパッシブなローパスフィルをつけたままで、上述の方法にそって測定したときのものです。ローパスフィルタのカットオフ周波数は2.5kHzで、バスレフのポート共振周波数は50Hzです。


黒線で示されているのが音圧レベル(dB)なのですが、グラフ縦軸を見ると違和感を覚えるかもしれません。負の値が見られます。ドライバの公称データなどでは、音圧レベルは例えば「88dB(2.83V/1m)」というふうに正の値で示すのが一般的ですが、ここではある理由から、0dBからマイナス側に振った書き方を採用しています。


その理由とはマイク感度の問題です。仮にドライバに印加された電圧が2.83Vでドライバ―マイク間距離が1mであったとしても、マイク感度あるいはマイクプリアンプのゲイン如何によって、観察された音圧レベルはなんぼでも上下されます。全ての使用機器のゲインがきっちり正確に把握できている場合なら0dBからプラス側に振った書き方を選んでも問題ないと思いますが、パソコンのサウンド入力デバイスのゲインまで勘案するのはかなり面倒なので、上のような表現を選んでおくのが無難なんじゃないかと思います。


もとより、ニアフィールドでの測定によって得られたデータの音圧レベルの大小はアーティファクトです。試聴位置で聴ける状態からかけ離れています。ここで観察したいのは、スピーカーのパワーレスポンスの大小ではなく、グラフのかたちです。


「ドライバ名.NearField」ウィンドウをアクティブにした状態で、メニューから[Transform | Scale...]を選択すると、右のようなダイアログが出てきます。

Methodとして「Add」「Subtract」などを選択して値を入力すると、グラフのかたちをそのままに縦軸の値を一様に上下できます。例えば右図では、グラフは一様に6dB分だけ上昇します。これを利用してグラフを見やすく調節しましょう。


続いて、バスレフポートについてニアフィールドで測定をおこないます。
上述の方法にそって測定すればオッケーなのですが、グラフが示されている「ドライバ名.NearField」ファイルを適当にリネームしておかないと、測定のたびにグラフが上書きされてしまいます。ファイル名から「.NearField」を削るだけでもけっこうなので、ファイル名を変更しておいてください。


重複になるので詳しくは述べませんが、下のグラフは、バスレフポートの出口にマイクを設置してニアフィールドでの測定をおこなったものです。スムージングは1/6オクターブです。先のグラフと同様に、[Transform | Scale...]で一様に6dBだけ底上げしてあります。





300Hzから1kHzにかけて、いわゆる中音域の漏れ、それも超特大の漏れが観察されています。
後で詳述しますので今は無視しといてください。お願いだから触れないでください


ここで観察されたバスレフポートの音圧レベル特性と、先に見たドライバの音圧レベル特性とを、重ねて表示させてみましょう。ここで言う「重ねて表示」には2種類あります。一つは、単純に2個のグラフを一度に表示させるだけのもの。もう一つはコンバインと呼ばれるものです。


このコンバインこそが、複数の音圧レベル特性のグラフを合計して総合的な周波数特性を得る操作です。グラフを位相情報込みで足し算する操作、と言うともう少し具体的になるかもしれません。このコンバインの操作によって、ポート由来の音が、総合的な特性に対してどれくらいディップやピークをもたらすのか明らかになってきます。



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